手の中の、君-2-





『リシャルトさんに、挨拶をしてから行きましょうか』
パルトスの花屋で小さな花束を買い求め、マーシアは言った。


パルトスから南に伸びる街道を辿り、少し山奥に入った所にヴェルハルトが兄リシャルトと共に暮らしていた家がある。そこから更に山頂に向かって山道を登ると、パルテを一望することができる見晴らしの良い空き地に出る。
そこは、リシャルトを埋葬した場所であった。
「…久しぶりだな、兄さん」
盛り土の前に屈み込み、ヴェルハルトは独り言のように語りかけた。
ここに眠るのは、自分に残された、たった一人の肉親だった人。自分とは全く異なる道を歩んでいたのに、自分に真の強さを気づかせてくれた。でもそれは、その人自身の凄絶な最期と引き換えだった。
マーシアも隣に屈み込み、花束の半分をヴェルハルトに渡し、残りを墓前に供え、静かに手を合わせた。
「すまんな」
「え…?」
「花のことだ。俺ではそこまで気がまわらなかった」
「いいのよ。だって貴重なものを見せて戴くのに、手土産なしじゃあ申し訳ないもの」
そうか。少し笑って、ヴェルハルトも渡された花を供えた。見守るマーシアの傍らで手を合わせ、しばらく瞑目する。
ヴェルハルトが黙祷(もくとう)を終えると、マーシアは立ち上がり、周囲に視線を巡らせた。
「ここ、すごく眺めがいいわね。町と海、それから砂漠まで見渡せる」
「…ああ。だからここを選んだんだ」
ヴェルハルトも立ち上がり、晴れ渡った空を仰いだ。
太陽は大分高い位置に来ており、パルテの乾いた大地を照らし続けている。栄えていても、ここ(パルテ)の大半は不毛の土地だ。
兄は決して物事を一面から見る事はしなかった。可能性の裏の危険性を、反映の先にあった滅亡を、正しく見抜くことが出来る人だった。多分どこよりも栄えているパルトスの町と、延々と広がる砂漠と、世界に繋がる海とを見渡せるこの場所は、そんな兄が眠るに相応しい。ヴェルハルトはそう思っていた。
「リシャルトさんと、何を話していたの?」
「…近況報告だ」
近況報告?と小首を傾げるマーシアに、ヴェルハルトが答える。
「兄さんの意志が守れるように、皆で努力しているとな」
「そう…」
密やかな相づちを打ったあと、マーシアはリシャルトの墓標を振り返った。つられるようにヴェルハルトも振り返る。
砂漠からの乾いた風に吹かれて、墓前の花が静かに揺れた。まるで彼の言葉に頷いているかのように。そこに眠る人が、彼の言葉に応えているかのように。
感傷に浸りかけた頭を軽く振って、もう行こう、ヴェルハルトはそう言いかけた。そのとき初めて、傍らの少女がいつのまにか彼を見上げていることに気がついた。その視線とぶつかった刹那(せつな)、言いかけた言葉はヴェルハルトの喉の奥に引っかかったまま、声となることはなかった。
ひたと彼を見つめるマーシアのダークブラウンの瞳が、微かに潤んでいる。静かな哀しさと優しさと、形容し難い感情をそれに湛えて。
まるで魅入られたかのようにそれから視線を外せず、ヴェルハルトはどうしようもない胸苦しさを覚えた。
何だ、この感覚。
そう感じた次の瞬間、マーシアが戸惑ったような声を上げた。
「ヴェ、ヴェルハルト…?」
彼の右手は、いつのまにかマーシアの左手をつかんでいた。その事実に戸惑ったのは彼も同じだった。戸惑ったがこの胸苦しさに原因がある、それだけは分かった。もちろん、それがこの行為の正当な理由になるとも思えないが。
「え、ええと。その…」
困った。この状況を、何と弁解すればいいのだろう。
マーシアの少し冷たい手の感触を掌中に感じながら、ヴェルハルトは心の底から焦りつつ途方に暮れた。そして時間にしてみれば数秒の、しかし長い沈黙が若いふたりの間に落ちた。
「い…、行きましょうか」
まだ戸惑いを声色に残しながら、マーシアが口を開いた。つかまれたままの白く細い指が、ヴェルハルトの手を握り返した。紅潮した顔に少しぎこちない笑顔を浮かべる。
「あ、ああ…」
同じく戸惑いながらヴェルハルトも答え、ふたりは当初の目的地へ歩き出した。




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