手の中の、君-3-





 海が綺麗ねと、呑気な会話を二言三言交わしながら、ふたりは山道を下っていった。
「大きな手なのねえ、ヴェルハルトって」
 歩きながらマーシアが口を開いた。
「それにすごくあったかい」
 まだ少し照れているような笑顔をヴェルハルトに向ける。それに対してヴェルハルトも、先刻から思っていた感想を素直に告げた。
「…マーシアの手は小さいな」
 それにすごく柔らかい。ヴェルハルトは心の中で付け足した。
 結局マーシアが振りほどかず、ヴェルハルトも放さなかったので、双方の手は未だ繋がったままである。
 嫌ではないのだろうか。
 至極(しごく)もっともな疑問が、ヴェルハルトの脳裏に浮かぶ。
 訊ねるべきだろうか。いや、訊ねるのなら先程乱暴につかんでしまった時にすれば良かったのだ。そもそも何故自分はこんな行為に及んでしまったのだろう。
 不意に、あの独特の胸苦しさが思い出したように蘇(よみがえ)ってきた。
 ヴェルハルトの手のなかにある、もうひとつの手。その手の頼り無いほど華奢な感触と、滑らかで柔らかな心地いい肌の感触。まるで自分とは全く別の生き物のようだ。この感触を、もっとしっかり確かめてみたい。もちろん、手だけではなく。
 そんなとんでもない思いが沸き起こり、ヴェルハルトは罪悪感とともにその想いを押し殺した。
 一方マーシアといえば、傍らを歩く寡黙な天才剣士の胸中など知る由もなく、屈託のない笑顔を浮かべている。そして、おもむろに口を開いた。
「貴方とリシャルトさんって、やっぱり似てるわよね」
「…何だって?」
 何の脈絡もなく言われ、ヴェルハルトは少々面食らった。
「ごめんなさい、唐突に。でも私、ずっとそう感じてたの。…どうしたの?」
「その…、少し驚いたものでな」
 兄のリシャルトは科学者で、ひたすら剣技を練磨する事に執着してきたヴェルハルトとは進む道も志すものもまるで正反対だった。そのうえ、兄は長身ではあったが病弱な体質のため体格も細身だったから、そもそも外見からして似ていなかったのだ。
「もしかして、今まで誰にも言われた事はなかった?」
「ああ、似ているなどと言われたのは初めてだ。外見も才能も全く共通しない兄弟だとは言われていたようだが」
 自分に対する世間の評価を淡々と話すヴェルハルトの言葉に、マーシアは思わず苦笑いを浮かべた。
「確かに見た目はそうよね。なんと言っても体格が違うし、リシャルトさんは髪も瞳も茶色だったけど、貴方は銀髪で碧眼だから、ぱっと見では兄弟とは分からないわね。…でもね、私が似ているって思うのは外見のことじゃないのよ」
「…どういう事だ?」
 ヴェルハルトが問いかけると、マーシアの視線がどこか遠くを見つめるように彷徨(さまよ)った。
「うーん、何て言えばいいのかな。雰囲気が、ってところかしら」
「雰囲気…?」
 マーシアの言葉の意味を図りかねて、ヴェルハルトは訝(いぶか)しげに彼女を見た。遠くを見つめる視線はそのままで、マーシアは静かに話し始めた。
「リシャルトさんって、本当に優れた科学者だったでしょう。それなのに、その才能に奢ることもなかったし、誇示することもなかった。…この間、アレクの仕事で『秘伝アイテマス』を探したでしょう。あのときに思ったのよ。リシャルトさんって、自分の知識を世の中に役立てようって、ただそれだけを望んでいたんだなあって…。それで周りから賛辞されることも尊敬されることも、全然執着してなかった」
 マーシアの視線がヴェルハルトに注がれた。暖かな陽だまりのような眼差しが、彼をじっと見つめる。
「貴方も同じ。純粋に強くなることを求めてて、それで得られる名声になんてちっともこだわってない。自分の理想とするものを追うって、そういう姿勢。上手く言えないけど、ふたりとも分野は全然違うのに、そういうところがすごく似てるなあって感じるの」
「そう…だろうか。名声にこだわらないというか、俺の場合はそういうもんに興味がないだけなんだが。あ、いや確かに兄さんも興味はなかったんだろうと思うが…」
「だから、そういうところが似てるのよ」
 そういうところが似ている。ヴェルハルトは頭の中でその言葉を反芻(はんすう)してみた。確かにそうかもしれない。大剣を振るう、そして強くなる。それ以外はどうでも良かった。自分に対する周囲の羨望も嫉妬も、本当にどうでもいいことだった。確かにそれは兄も同じだったろう。
「だが、それだけだ」
「え…?」
 当惑したようにマーシアは聞き返したが、ヴェルハルトは独り言のように呟いた。それは、どこか苦々しげな口調だった。
「俺は自分のことしか考えていなかった。誰かのためにとか、何かのためになんて全然考えていなかったんだ。でも兄さんは違った…」
「そんな、ヴェルハルト」
「それに兄さんはちゃんと分かっていた。科学は諸刃の剣だということをな。だから無茶な研究はしなかったし、だからこそアカデミーの危険性をいち早く見抜けていたんだと思う。強くなることしか…、自分勝手に強くなることしか考えていなかった俺とは大違いだ」
「……ごめんなさい。私、なんだか余計なことを言ってしまったみたい…」
 すまなそうに言い、マーシアは俯いてしまった。気まずい雰囲気にヴェルハルトは慌てて弁解する。
「いや、これは俺自身ずっと考えていたことだったんだ。マーシアに言われたからという訳では決して…」
「そう…なの?」
「うむ、そうなのだ」
 まだ表情を曇らせはていたが、とりあえずマーシアが顔を上げてくれたので、ヴェルハルトは密かに胸を撫で下ろした。
「でも、貴方がそう思う気持ちは分かるわ。私も術法を学んでいた理由は、ただ自然魔法の研究が面白いってそれだけだったもの。尊敬している人がいて、その人みたいになりたいって、それだけ。自分の術を高めることで、知らないうちに誰かを傷つけていたなんて思いもしなかった…。それを後悔した事はいっぱいあったわ」
 マーシアは一瞬だけ目を伏せ、でもね、と明るい調子で言い直した。
「皆と出会って、世界中を見て回って、それで自分に何が出来るかって考えるようになって…。それだけでも随分進歩したと思わない?あのままずっと自分本位で研究なり修行なり続けているよりは」
 少し冷たい山の風が、ふたりの間を吹き抜けていった。どこか甘い響きのある涼やかな声音が、風と一緒に彼の耳朶(じだ)をくすぐる。
「そうだな…。俺もそう思うよ、マーシア」
 マーシアの言葉がゆっくりと心に染み込んでくるのを感じながら、ヴェルハルトは呟いた。
「きっとそうやって学ぶ事って、まだまだたくさんあるんでしょうね、私たちには」
「本当、そうだな」
「多分、何度も何度も失敗したり間違ったりするんでしょうけど」
「だろうな」
 傍らのヴェルハルトを見上げると、マーシアは極上の笑みを浮かべた。そしてずっと繋いでいる手を、指を絡ませるように握り直した。
「でも、大丈夫よね。私、どんなに失敗しても間違っても、皆がいれば乗り越えられるって気がするの」
「ああ、俺もそんな気がしてる」
 ヴェルハルトも微かに笑い、マーシアの手をそっと握り返した。
 それきり黙って、ふたりは歩き続けた。とても暖かな気持ちを胸に抱きながら。
 握り合った手のなかに、お互いの体温を感じながら。




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きゃーきゃーvvV(待てコラ
ぅわあヴェルもマーシアもめちゃくちゃ可愛いです…vV
この二人ってすっごくオクテな感じがあるから(いや、むしろヴェルだけ?;)
ある意味動かしにくいんですが…めちゃくちゃ可愛いですっとにかくとにかくvVvV

本当にどうもありがとうございました!





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